日本における人形

北村哲郎 編・日本の美術・人形(至文堂発行)より

はじめに

日本は世界一の人形国

日本ほど人形の種類が豊富で、しかも質の高い制作を成し遂げてきた国は他にはありません。
その上、それらの仕事のほとんどが、ともかくも今日まで続いてきていることは、他国にはない特色だと言えます。

その意味で、日本は世界一の人形国であると言っても過言ではないと思います。 人形の製作技法には、種々の工芸的手法を応用、活用し、優れた造形的境地を開いてきました。

人形は芸術性の高い創作

今日なお、本質的には彫塑の要素を多く含みながら、人形が工芸の一部に、特殊なジャンルを占めているのは、そうした制作手法によるものです。
人形が、造形芸術の一分野をにない、芸術性の高い創作を続けている国、それは日本しかありません。

日本は人形の宝庫であり、花園と言えましょう。それは、日本の民族がこよなく人形を愛し、 いつも、はぐくみ育ててきたからです。

私達はこの優れた伝統を持つ、しかもごく身近に、親しみのある人形芸術を、 さらに輝かしいものとしてゆかなければならないと思います。

人形とは

人形の持つ意味・目的を考えてみますと、それはおおよそ三つに大別されと思います。
その第一は、信仰やまじないに基づくものであり、第二は子供達の遊びにともなうもの、 第三は愛玩・鑑賞に資するものと言えましょう。

ただ、これらのことがらは入り交じっていたというのが実情です。 しかし、時代と共に、次第にこの三つが分離していったというのも事実です。

人形は信仰とまじないの対象
旧石器時代の土偶
「古ヨーロッパの神々」
より旧石器時代の彫像

人形が信仰とまじないの対象としてまず生まれ、発達してきたことは、 世界共通の事柄であり、従ってその歴史も大変古いのです。
人間にとって、生命の神秘は今も昔も変わらぬ事であり、そこに、 超現実の世界を考えるのはむしろ自然であると言えます。

原始の時代には、それは一層切実な現実の問題であったわけで、 精霊や神に対する素朴な祈りや願いや畏れは、彼らの生活さえ規定していたのです。
その現れ方は、多くの場合は、人体を基礎とした彫像となっています。
祖先の像・豊穣や安産の神様・悪魔を追い払う像、これらには彼らの真剣な祈りが素直に表現されています。

病気になると、木や草で作った人形へ病気を移し、川や海に流すことや、 敵の人形に矢を射かけて呪詛することも行われてきました。

このような信仰やまじないから生まれたと考えられる彫像は2万3~4千年前、 ヨーロッパの旧石器時代後期の遺跡から、既に発見されています。
それはほとんど、石や象牙で作られた女性裸像で、多くのものが乳やヒップが誇張されています。

ピラミッドの埋葬品
「私の美術館」より
ピラミッドの埋葬品
人間にとってきわめて自然な願望を

これらは、種の保存や食料の増加と言うことが、人間にとってきわめて自然な願望であること を端的に物語っています。
農耕生産へと進歩した時代へ移っても、その生殖や作物の豊穣を願い、豊穣の女神「地母神」として、 女体の像は作り続けられました。

人間のミニチュアとして

やがて、彫像はやがて、崇拝や呪術の像以外のものとして、全く人間の身代わり人間のミニチュアとして作られるようになりました。
その最も早い例が、エジプトの死者と共に納められた、埋葬用人形と考えられます。

創作陶人形・ふくよかな天使
人形という芸術性

最後に、全ての人たちに、夢や喜びや、勇気や愛情や、優しさや静けさや、和やかさや、 明るい笑いをもたらさずにおかない存在、それが人形という芸術の持つ大きな意味ではないでしょうか。

次は 日本の人形の歴史 です。